経営者に、聞く。LEADER INTERVIEW
問屋にできる、最大限のことを
PROFILE鐘光産業株式会社代表取締役社長藤本 惠一氏
自動車部品や刃物などに用いられる特殊鋼の鋼帯が、30メートルにもおよぶラインをゆっくり流れていく。
巨大な鉄のかたまりが、たった5ミリの細さに切断される。
特殊鋼の加工・販売を手がける鐘光産業株式会社は、問屋であると同時に優れた技術者集団だ。
その旗振り役を担うのは、3代目の藤本惠一社長。自他ともに認める慎重派は、いかに現在の地位を築いたのか。
顧客に寄り添い、改善を重ねるその経営術に迫った。
通常は毎分100mのところ、50~60mの速度でラインは進む
長堀の鉄問屋、特殊鋼に活路を見出す
「我々はあくまで問屋。特殊鋼を仕入れて売るのが仕事で、オンリーワンの商材を持っているわけじゃない。そやから、よそとは違う特色を出さんとあかんのです」
鐘光産業のトップ・藤本惠一社長の口ぶりは、なめらかでありながら謙虚だ。同社が扱う特殊鋼とは、鉄に炭素をはじめとする元素を添加した合金のこと。普通鋼に比べて耐久性や耐熱性に優れることから、自動車部品や刃物といったタフな用途で活躍する高機能素材だ。
「たとえば、シートベルトのバックルにも当社で加工した特殊鋼が使われていますが、あれはおよそ2トンの力に耐えられる。そのくらい、強靭にできているんです」
JR尼崎駅からほど近い本社には、鋼板をロール状に巻き取った巨大なコイルが整然と並んでいる。コイルセンターと呼ばれる施設で、メーカーから仕入れた特殊鋼の保管、顧客の求めに応じた切断や再巻き取り(リコイリング)の機能を担う。在庫は常時5000トン、切断に使われるスリッターは大中小5基を数える。かたや、特殊鋼が粗鋼生産全体に占める割合は数%。採算性の問題から、特殊鋼を専門にこの規模の在庫と設備を抱える会社はほぼない。それゆえに小口需要が多数存在する業界事情にフィットし、ティア2、ティア3クラスのサプライヤー企業への安定供給を実現してきたのである。
シートベルト、エンジンといった重要部品に用いられることが多い
このように独自の存在感を放つ鐘光産業のルーツは、戦後間もない大阪・長堀通だ。藤本社長の父が、個人商店として廃材のリサイクル業を興したのが始まりだった。
「軍部が鉄鋼産業を握っていた名残もあり、業界は大量生産にはほど遠い状況でした。そこで鉄くずを回収して電炉で溶かし、圧延して再生する商売を考えたようです」
1957年には鐘光産業として法人化。社名の「鐘」は取引のあった鐘淵紡績、すなわち現在のカネボウ化粧品から拝借した。同社の製品に用いられる結束バンドを生産するなかで事業の核に据えたのが、経済復興と軌を一にして需要が拡大しつつあった特殊鋼だった。
「当時の船場から長堀のあたりは鉄問屋が軒を並べていました。いまでこそ20トンコイルで流通する特殊鋼ですが、まだ数十キロ単位でしか生産されていないころで、製品はリヤカーに載せて配達していたそうです」
その後、特殊鋼は家電、自動車へと適用範囲を広げていく。川崎製鉄、新日本製鐵といった高炉メーカー各社も生産に本格参入。それまでは普通鋼しか生産していなかった高炉が特殊鋼も扱うようになり、鐘光産業も企業規模を拡大させていった。
職人の目利きが競争力の源泉に
藤本社長が鐘光産業に入社したのは1980年のこと。創業者である父のもと、ひたすらに営業畑を歩んで2000年に経営を引き継ぐと、わずか3年後には八尾市にあったコイルセンターを現在地へ移転させた。製品の品質を確認する表裏面検査ラインを整備し、高い加工精度が要求される自動車業界からの引き合いに応えるのが目的だった。長大なコイルで納品される特殊鋼の表面には、どうしても微細な傷や錆が見受けられる。これが自動車部品を製造する際に不具合を引き起こし、かねて改善を求める声が寄せられていたのだ。
「だったら、切断のときに不良箇所を確認して取り除こうと。仕入れ段階では20トンでも、客先に納めるときは数百キロ単位になる。ちょっとした不良が大きなロスにつながるのです」
一部門として特殊鋼を扱うのではなく、ユーザーと直結する形でビジネスを展開してきた鐘光産業だからこそ拾えた潜在ニーズ。スリッターの運転速度は人の目による確認が可能なスピードにまで落とされ、ラインの上下でスタッフによる目視確認が行われるようになった。効率を捨ててでも品質保証を優先させ、厳しいチェックにかなう製品だけを需要家のもとに届けた。中国や韓国で安価に生産される鋼材との差別化も見越していた。当時としては先進的な試みも、いまやあらゆるコイルセンターに備わる機能だ。
最大外径1200mmのコイルをスリットして、ワッシャーやボルトに
また、自動車メーカー各社が生産拠点を海外に移転させたことから、2006年にはタイに現地法人を設立。同一規格の製品を大量生産する業界の要請を受け、複数のコイルを溶接することで製品のロット増を実現できる、オシレート加工機を導入した。環境配慮を意図した技術開発にも余念がなく、通常はスクラップになる溶接箇所を減らし、材料ロスを縮小。のちにオシレート加工機は名古屋工場にも「逆輸入」され、鐘光産業に向けられる信頼はより盤石なものになった。
会社を残す鉄の意志を顧客満足につなげて
ここ10年で世代交代が進み、現場は活気あふれる雰囲気に
就任以来、さまざまな改革を仕掛けてきた藤本社長。しかし、折々の判断の裏側には深い思索がある。特殊鋼のことを語り出すと止まらない、いかにも営業マンらしい快活な人物像からは想像しづらいが、実はどこまでも現実主義なのだ。従業員持株会の設立、好況時における融資返済などを押し進めてきた自らについて、「怖がり」「叩かなあかん石橋なら渡らへん」と評することもはばからない。
周囲の見立てにも似通ったものがある。公的機関における中小企業支援などのキャリアを経て入社し、参謀役として設備投資や拠点整備を主導してきた荻野吉将常務は、藤本社長の手腕を「慎重かつ大胆」と表現した。あのリーマン・ショックのときでさえ黒字を計上し、コロナ禍やウクライナ危機にも揺るがない企業であり続ける事実は、手堅い経営ぶりの何よりの証左といえるだろう。もちろん、その背景には機を見たオシレート加工機の投入、協力会社との関係強化による一括受注体制の構築といった決断と努力があった。調達能力の強化を図るべく、静岡県浜松市に工場建設を計画するなど、現在も変化をやめることはない。情報化社会を迎え、競合の改善事例がたやすく手に取れるようになり、「我が道を行く時代ではなくなった」ことで、その動きはより加速しているかにも思われる。
プレス加工時の詰まりの原因となるため、加工幅や切断面の形状は入念にチェック
就任以来、さまざまな改革を仕掛けてきた藤本社長。しかし、折々の判断の裏側には深い思索がある。特殊鋼のことを語り出すと止まらない、いかにも営業マンらしい快活な人物像からは想像しづらいが、実はどこまでも現実主義なのだ。従業員持株会の設立、好況時における融資返済などを押し進めてきた自らについて、「怖がり」「叩かなあかん石橋なら渡らへん」と評することもはばからない。
周囲の見立てにも似通ったものがある。公的機関における中小企業支援などのキャリアを経て入社し、参謀役として設備投資や拠点整備を主導してきた荻野吉将常務は、藤本社長の手腕を「慎重かつ大胆」と表現した。あのリーマン・ショックのときでさえ黒字を計上し、コロナ禍やウクライナ危機にも揺るがない企業であり続ける事実は、手堅い経営ぶりの何よりの証左といえるだろう。もちろん、その背景には機を見たオシレート加工機の投入、協力会社との関係強化による一括受注体制の構築といった決断と努力があった。調達能力の強化を図るべく、静岡県浜松市に工場建設を計画するなど、現在も変化をやめることはない。情報化社会を迎え、競合の改善事例がたやすく手に取れるようになり、「我が道を行く時代ではなくなった」ことで、その動きはより加速しているかにも思われる。
顧客の要望を仕入れ先に伝える仲介役でもある藤本社長
「そもそも、社長としての夢なんかないんです。鉄鋼は『金を失う』産業ともいわれるだけあって、一気に伸びようとしても無理がある。とにかく会社をどう残していくか。お客さんに喜んでもらえるか。足元のことばかりを考えてやってきた結果、品質と生産性の向上を目指す方針を打ち出したまでです。これから先の時代が求めるなら、たとえばプレス加工に手を広げることも考えられるでしょうね」
冷静な眼差しで自社の置かれた状況をとらえ、編み出してきた生き残り戦略の数々。単に会社の存続のみが目的であれば、顧客満足へのあくなき探究心がなければ、鐘光産業のいまはないはずだ。藤本社長の言葉の端々から、そんな確信を抱かずにはいられなかった。
What is
スリッター
ニーズに合わせて特殊鋼を切断、さらなる付加価値も
大きいもので20トンにもおよぶコイルを任意の幅に切断するのが、スリッターと呼ばれる機械だ。さまざまな板厚、加工幅に対応できるよう、鐘光産業の本社工場では大中小5基のラインを取り揃えている。工場を東西に貫く約30mのラインの上下には、目視検査のためのスペースを確保。目の肥えた職人により、入念なチェックが行われるのが最大の特徴となっている。コイルの受け入れ、スリッターの刃の交換など、現場での仕事は多岐にわたるが、目視検査ができるようになって一人前。確かな品質保証を経て、特殊鋼は全国のユーザーのもとへと旅立っていく。ちなみにスリッターの刃それ自体も、特殊鋼でできているとのこと。金物の街・三木市にはより小規模な需要を満たすシャーリング工場も構える。
ロケーション管理システム
大量在庫による安定供給を強みとする一方で加工時、コイルを探すのに時間を費やしていた鐘光産業。長年の懸案を解決すべく導入されたのが、ロケーション管理システムだ。スマホでロット番号を検索するだけで保管場所を特定できるもので、工場長の今井正人さんによれば「以前はコイルを探すだけで1時間ということもありました。残業も大幅に削減されましたね」という。効率的な作業環境が、いっそうの高品質化を可能にしている。
企業情報
鐘光産業株式会社
JFEスチールのグループ企業として、特殊鋼の加工・販売を手がける。鉄のリサイクル業に始まり、のこぎりや鉛筆削りの刃といった金物向けの製品を供給していたが、自動車産業の興隆とともに成長。圧倒的な在庫量、徹底した目視検査による品質保証で、ユーザーの期待に応えている。
兵庫県尼崎市潮江5丁目4番68号
tel:06-6424-6222
fax:06-6422-6662
沿革
- 1957年
- 大阪市中央区にて設立
- 1965年
- 三木市に営業所を開設、同時に第1・第2倉庫を開設
- 1972年
- 三木営業所を支店に昇格、同時に第3・第4倉庫を開設
- 1976年
- 東大阪市に東大阪倉庫を開設
- 1991年
- 東大阪倉庫を移転し、八尾市にコイルセンターを開設
- 2000年
- 藤本惠一が代表取締役社長に就任
- 2003年
- 尼崎市に本社、コイルセンターを移転
- 2005年
- ISO9001認証取得
- 2006年
- タイ・バンコクにKanemitsu (Thailand) Co.,Ltd設立
- 2011年
- Kanemitsu Slit (Thailand) Co.,Ltd設立
ISO14001認証取得 - 2017年
- 愛知県清須市に名古屋工場を開設