HOME街の社長夢を語る人を育て、地域を歩いて描き出される“設計図”
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街の社長
夢を語る

HEART INTERVIEW
宮崎建設株式会社の社長 宮﨑 健一 氏

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人を育て、
地域を歩いて
描き出される“設計図”

宮崎建設株式会社

代表取締役社長 宮﨑 健一  氏

あましん サクセスネットクラブ 副会長

“建てる”営みの醍醐味を次世代へとつなぐために

商店街の店から水漏れの相談を受け、子どもたちと公園清掃や植栽活動に精を出す——地域おこし団体の会長としての顔も持つ宮﨑健一社長は、地元・杭瀬では知られた存在だ。阪神間で公共施設や商業施設などを手がける宮崎建設の3代目。戦後ほどなく創業した同社は経済成長に呼応して発展し、塚口さんさんタウンの旧3号館建設にも関わった。変わりどころでは、阪神パークから依頼を受けて動物園の檻を製作したこともある。

大手ハウスメーカーの営業を経て入社した宮﨑社長が、最初に配属されたのは工事部。前職も建築業界とはいえ、現場に立ったことのない青年には「共通言語」の習得が必要だったのだ。「現場監督のリーダーシップの強さに圧倒され、多くの人が濃密に関わって建物ができていく様子に感動した。職人さんと作業着姿でお酒を飲みに行く機会もあって、チームワークの充実感を知る非常に大きい3年間でしたね」。

自ら感じた喜びを若い世代にも伝えようと、2018年の社長就任からは人材強化に着手。新人との毎月の面談、足元の目標を明確化するロードマップの活用など、若手に歩み寄ってきた。「最初は右も左もわからなかったのが、次第に現場を語れるようになる。1年間で目の色が変わるのがわかります」。

顧客、社員、地域を思い健康で幸せな未来を

社長業のかたわら、普段から積極的に街に飛び出していく宮﨑社長。100年企業を目標に掲げる以上は、存在感向上こそが至上命題と考えるからだ。イベント開催時には取りまとめ役、商店街の取組みがメディアに紹介される際はスポークスマンを務める。他方では、一帯で老朽化が進む建物のリノベーションという本業での成果も生まれた。もとより地域密着を是としてきた会社が宮﨑社長の代を迎え、さらにその色合いを強めているのだ。

「泳ぐフィールドは与えてもらったけど、たまに息継ぎの仕方がわからなくなる」と苦笑するが、まだ47歳。理想とするのは、健康と幸せをデザインする企業だ。使う人を思った建物を提供すると同時に、ともに汗を流す社員、会社を育ててくれた地域に向き合う。そうして集めたみんなの声が、「100年企業」と題した設計図に書き込まれることだろう。

企業情報

宮崎建設株式会社

宮崎建設株式会社

1948年(昭和23)宮崎木材建設として設立。戦災で焼け野原になった尼崎で木造住宅の建設を始めて以来、地域に根差して成長。公共施設を軸にしつつ、学校、オフィスビル、集合住宅といった幅広い施工実績を誇る。

兵庫県尼崎市杭瀬北新町1-5-11
URL https://miyazaki-kensetu.co.jp

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